~あなたは壊れていない。ただ、世界が鮮明に見えすぎているだけだ~
こんにちは。
このブログの管理人であり、皆さんと同じように、この「人生という名のクソゲー」をどうにか攻略しようと日々もがいている「たま」です。
メインのカテゴリーでは「戦略」や「効率」といった強い言葉を使って攻略法を発信していますが、この新連載では少しだけ鎧を脱いで、私たちが抱えている「生きづらさ」の正体を静かに解剖していこうと思います。
私はASD(自閉スペクトラム症)という特性を持っています。
世間では「コミュニケーションの障害」なんて呼ばれますが、私自身は診断を受けた時、むしろ「自分の取扱説明書に名前がついた」ような、不思議な安心感と冷静さを感じていました。
もちろん社会とのズレに悩むことはありましたが、それは「私がダメな人間」だからではなく、単に私の脳の仕組みに名前がついただけのこと。
そうやって自分を少し遠くから眺める(俯瞰する)視点を持てたことが、私にとっての大きな救いだったのです。
今回は、そのASDならではの特性が引き起こすエラーの正体を私の実体験から紐解いていきましょう。
【入力のズレ】スーパーの棚の前で立ち尽くす私たち
例えば、私が家族に「帰りにスーパーに寄って、にんじんを一袋、100円ぐらいで買ってきて」と頼まれた時の話をしましょう。
世の中の大多数を占める「定型発達」と呼ばれる人たちは、このリクエストを聞いて「あぁ、だいたい100円前後の、適当に目についたやつね」と、一瞬で判断してカゴに入れます。
でも、私の脳はこの瞬間、猛烈な「演算」を始めてしまうのです。
スーパーの野菜売場。
にんじんの棚の前に立った私の目には、こんなデータが等間隔に並んで飛び込んできます。
「3本入りで128円。1本当たり約42円」
「2本入りで98円。1本当たり49円。でも1本の重さはこっちの方が重い気がする」
「家族は『100円ぐらい』と言った。128円は『ぐらい』の許容範囲だろうか?」
後ろから買い物カートが来る音が聞こえるたびに、「早く選ばなきゃ」と焦りが募ります。
でも、脳内ではまだ最適解が導き出せません。
冷や汗が流れ、手足が強張る。
結局、10分近くにんじんの前で立ち尽くし、最後は逃げるように一袋を掴んでレジに向かう……。
周りからは「何でもいいのに」「考えすぎだよ」と言われます。
でも、私にとって「何でもいい」とは、この膨大なデータの中から一つを選び出す、途方もない重労働なのです。
【出力のズレ】「なんで?」の問いに、エラーログで答えてしまう悲劇
もう一つ、対人関係でよく起こる、胸が締め付けられるようなエラーがあります。
何か失敗をしてしまった時、相手から「なんでこんなことしたの!」と詰め寄られる場面です。
私たちは、この「なんで?」という言葉を「原因を特定するための、純粋な問い」として受信します。
だから、誠実であろうとして、頭の中にある過去の記録(ログ)を必死に解析して、詳細に報告しようとします。
「あの時、時計が遅れていたことに気づかず、状況判断を誤りました。原因は……」
自分としては「正確な報告」が最大の誠実さだと思っています。
しかし、言えば言うほど、相手は「言い訳はやめて!」「反省してないの?」とさらに怒り出します。
実は、定型発達の人たちが発する「なんで?」の多くは、理由を聞きたいのではなく、「私の悲しみを分かって、謝罪というパッチ(修正)を当ててほしい」という感情のシグナルであることが多いのです。
私たちは事実という「高精細な映像」を見ることに必死で、相手の「感情」という大きなデータを見落としてしまった。誠実であろうとした結果、かえって不誠実だと思われてしまう。
これも、脳の仕組みが違うゆえの「通信ミス」なのです。
【そもそも論】ASDとは「脳の使い方のクセ」のバリエーション
ここで少し、「そもそもASD(自閉スペクトラム症)って何なの?」というお話を整理しておきましょう。
医学的には、大きく分けて2つの特徴があると言われています。
「対人関係や社会的なやり取りの難しさ」
「特定の興味やこだわり、反復的な行動」
ASDの「スペクトラム」という言葉には、「虹のように連続している」という意味があります。
つまり、「ここからがASD、ここからは普通」という明確な線引きがあるわけではなく、誰もが多かれ少なかれ持っている「脳のクセ」が、生活に支障が出るほど強く出ている状態を指すのです。
私たちの脳は、情報の受け取り方や整理の仕方が、いわゆる「標準的な規格」とは少し違います。
それは「多数派とは違うルールで動く、異国のOS」を積んでいるようなもの。
ルールが違うから、多数派(定型発達)の人たちが当たり前にやっている「空気を読む」といった暗黙の了解が、私たちには「翻訳が必要な難しい言語」に見えてしまうのです。
【仕組みの違い】「尖った性能のレンズ」がもたらす社会的なズレ
なぜ、その「OSの違い」が対人関係の難しさに繋がるのでしょうか。
私はこれを、『脳のピント』と『写った画像をどう処理するか』の違いだと考えています。
定型発達の人たちの脳には、優れた「自動統合機能」が備わっています。
彼らは無意識のうちに膨大な情報を瞬時にまとめあげ、「だいたいこれが正解」という曖昧な結論へと落とし込むことができます。
この「曖昧さを使いこなす力」があるからこそ、彼らはスピード感を持って社会の中でスムーズに行動できるのです。
一方で、私たちの脳は、情報のシャッターを閉じるのが苦手な、特定の方向に尖った性能を持つレンズのようなものです。
レンズの性質上、画面の隅々にまでピントが合ってしまう。すると、定型発達の人が「だいたい」で統合して消し去ってしまうような微細なデータまで、すべてが重要なものとして残ってしまいます。
私たちには、彼らが駆使している「曖昧さ」という高度な処理が、どうしても理解できないのです。
この「高すぎる解像度」と「曖昧にできない脳」の組み合わせこそが、対人関係や社会的なやり取りにおける『難しさ』の正体です。
相手の表情、声のトーン、言葉の裏の意図……。
それらすべてを「高密度なデータ」として受け取ってしまうからこそ、情報の波に溺れ、瞬時のレスポンスが遅れたり、ピントのズレた回答をしてしまったりするのです。
これは決して相手を軽視しているわけではなく、むしろ真面目に受け取りすぎている結果なのです。
【医学の視点】専門用語の「表と裏」を読み解く
ASDの特性を説明するために使われる専門用語は、一見すると「できないこと」の羅列のように思えるかもしれません。
しかし、これらはすべてコインの表と裏のような関係にあります。
中枢性統合(ちゅうすうせいとうごう)の弱さ
- 表(医学的意味): バラバラの情報を一つにまとめて、全体像を把握する力が弱いこと
- 裏:【細部を無視して適当にまとめることができない、脳の誠実さ】
世の中の大多数の人は、細かい矛盾や違いを切り捨てて「だいたい」で理解します。
対して私たちは、どんなに小さな情報も「なかったこと」にはできません。
すべてを等しく大切に扱おうとする。
それは情報の「選別」が苦手という側面もありますが、世界をありのままに捉えようとする、誠実すぎるほどの脳の性質なのです。
シングルフォーカス(細部への集中)
- 表(医学的意味): 集中力の範囲が狭く、一度に一つのことしか見られなくなること。
- 裏:【一つの対象に対して、脳の全リソースを投入できる一点突破のフルパワー】
複数のことを同時にこなす「マルチタスク」は、私たちの脳には適していません。
しかし、一つのことにピントが合った時の爆発力は、他の人が到達できない深さまで辿り着かせてくれる「才能」という名の装備なのです。
【対象の拡大】「正解」を求めてしまうすべての人へ
この話は、診断を受けた人だけのものではありません。
「いつも理屈っぽくなってしまう」「正論で自分を守ってしまう」……そんな、論理的に正しくありたいと願って生きているすべての人に共通する話です。
私たちが理屈っぽくなってしまうのは、暗闇の森を歩くのが怖くて、「理屈」という名のライトを一生懸命に照らして、一歩ずつ足元を確かめているだけなんです。
そのライトが明るすぎて、時折周りの人を眩しがらせてしまうことはあっても、あなたの「正しくありたい」という願いそのものは、とても尊い誠実さなのです。
【結び】互いの「レンズ」を認め合うために
今日、私が一番伝えたかったのは、『普通になろうとして、自分のレンズを無理やり壊さないでほしい』ということです。
私たちは決して「欠陥品」ではありません。
ただ少しだけ扱いにくい、とびきり尖った性能の脳を持っているだけなのです。
まずは、自分の脳を「ああ、今日も高解像度だな」と、そのままの仕様で認めてあげてください。
そして、この記事を読んでいる定型発達の方や、パートナーの方へ。
私たちの脳は、曖昧な指示を受けると情報の荒波に溺れてしまいます。
私たちはあなたたちが当たり前に持っている「曖昧さを使いこなす器用さ」を、心から尊敬しています。
どうかその器用さを少しだけ、私たちの「ピントを合わせるためのガイド」として貸していただけないでしょうか。
「にんじんを買ってきて」ではなく、
「1袋120円以内のもので、一番本数が多いやつを買ってきて」
という風に。
決して「一方的にお願いしたい」わけではありません。
私たちはあなたたちが貸してくれた具体的な「基準(ピント)」を羅針盤にして、持ち前の集中力と誠実さで期待以上の成果を返したいと本気で思っています。
お互いのレンズの仕様が根本的に違うことを知り、手を取り合うことができれば、世界はもう少しだけ、優しく、そしてクリアになるはずです。
そんな「仕様の違う脳」同士がどうすれば衝突せずに済むか、このブログでは私なりの試行錯誤を「戦略」として発信しています。
次回は、私から見てあまりにも曖昧で不思議な「定型発達という人たちの不思議な生態」を、あえて私たち側のロジックで解剖していこうと思います。
もしあなたが、日常の些細な選択でフリーズしたり、誠実な説明が「言い訳」と誤解されて自分を責めているなら、決してそうしないでください。
それはあなたの能力不足ではなく、脳が情報を高解像度で処理しようとする「異国OS(ASD)」の仕様です。
当事者は「判断基準をあらかじめ数値化」し、周囲は「具体的で限定的な指示」を送る。
この一歩で、脳のオーバーヒートは劇的に解消されます。





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