本記事は、ASD当事者である私が不条理な社会というクソゲーを生き抜くために脳内バグをデバッグした結果をまとめたものです。
医学的・専門的なアドバイスではなく、あくまで個人の生存戦略としての記録であることをご了承ください。
――不条理な世界と互換性の無いOSから出力された、論理的且つ実戦的な検証データが、同じ仕様(アーキテクチャ)を持つあなたの脳の静寂をもたらす一助となれば幸いです。
前回は、かつて結婚というシステムが持っていた「生存リスクの分散」と「社会的信用の獲得」という2大メリットが、現代において完全に無効化している事実を解剖した。
得られるものが消滅したにもかかわらず、支払うコスト(時間・お金・自由の剥奪)だけが据え置かれている。それが現代の結婚という「欠陥契約」の正体だ。
今回は、このシステムに参入することで発生する「致命的なデメリット」と、すべての幻想を削ぎ落とした後にわずかに残る「たった一つの本質的なメリット」について、事実ベースで損得勘定を出してみたい。
異常に高く設定された「撤退コスト」
現代の結婚における最大のデメリットは、日常的なリソースの奪い合いだけではない。
システムとして最も致命的なバグは、その「異常な撤退コスト(解約の難易度)」にある。
私たちが日常で利用するあらゆる契約を考えてみてほしい。
スマートフォンの通信プラン、サブスクリプションの動画サービス、あるいはアパートの賃貸契約。
これらはすべて、サービス内容がコストに見合わないと判断すれば、違約金を払うか数ヶ月の猶予期間を置くことで、原則として「自分の意志(ワンクリック、または書類一枚)」で一方的に解約できる。それが近代社会のロジックだ。
しかし、人生の残り半世紀を拘束する「結婚」という重大契約だけは、このロジックが通用しない。
入り口は市役所に紙を1枚出すだけという狂気的な手軽さだが、いざ出口に向かおうとすると、そこには「双方の完全な合意」という巨大な壁がそびえ立っている。
もし、あなたがこのシステムから抜け出したいと考えたとき、パートナーが感情的になり「絶対に別れない」とサインを拒否したらどうなるか。
あなたは弁護士を雇い、家庭裁判所で調停を起こし、数百万という費用と数年単位の時間を溶かしながら、互いの落ち度を罵り合うという地獄のプロセスを踏まなければならない。
さらには築き上げた財産の半分をペナルティとして強制的に徴収される。
たった一度の「紙切れ1枚」のサインが、これほどの撤退コストを強いる。
事業契約であれば、明確な解除要件(エグジット条項)が設定されていない契約書など絶対に結ばないだろう。
しかし、定型社会の人々は「愛」や「絆」という実体のないお気持ちフィルターを通すことで、この異常な撤退コストから目を逸らしている。
情熱や共鳴という「システムエラー」
では、なぜ彼らはそこまでしてこの不条理なシステムにしがみつくのか。
それは、結婚生活に対して「生涯続く愛情」や「心から理解し合える大親友のような関係」という、感情的なリターンを期待しているからだ。
ロジックで考えれば、これも明らかなシステムエラーである。
脳科学的に見ても、恋愛感情をもたらす脳内物質(ドーパミンなど)の分泌は、最長でも3年程度しか持続しないことが証明されている。
「大恋愛の情熱」などというものは、初期設定のブースト機能に過ぎず、持続可能なエネルギーではないのだ。
何十年も続く生活の中で、常に情緒的な共鳴を求め、「なぜ分かってくれないのか」と相手に期待を押し付けるから、結果的に憎しみ合い、莫大な撤退コストを払うハメになる。
「大成功の結婚」や「理想の夫婦像」を目指すこと自体が、システムを崩壊させる最大の要因であることに、多くの人は気づいていない。
唯一残された機能的メリット:「孤独と無関心の回避」
では、このコスパ最悪の欠陥システムに、機能的なメリットはひとつも残されていないのだろうか。
私が過去、この理不尽な契約にサインをする際、感情論を一切排除して絞り出した「唯一のメリット」がある。
それは、「年をとってから、一人ぼっちではない」ということだ。
若いうちは、自分の時間とお金、そして意思決定の自由を奪われることは強烈な苦痛に感じる。
だが、人間という生物が最終的に一番耐えられないのは、自由のなさではなく「圧倒的な孤独と社会からの無関心」だ。
老後に向かっていく中で必要なのは、「休日に手を繋いで歩くパートナー」でも、「何でも話せる大親友」でもない。
「お互いに存在を認め合っていて、何かあった時に声が届く距離に誰かがいる」という、ただそれだけのフラットな関係性である。
極端に言えば、家の中で倒れた時に、それに気づいて救急車を呼んでくれる人間が同じ空間にいるかどうか。
それが老後における最大の生存戦略となる。
もちろん、相手と決定的に憎しみ合うレベルまで関係が破綻してしまえば、離婚という莫大な撤退コストを払うことになるだろう。
しかし、そこまでいかなくとも、多少の不仲や価値観のズレがあったとしても、「ポツリとお茶を飲める相手が隣にいる状態」を維持できているのであれば、この共同事業としては「大成功」なのだ。
息苦しさは「老後のための長期投資」である
そう割り切ってしまえば、現在進行形で感じている結婚生活の不自由さや息苦しさも、見え方が少し変わってくる。
自分の思い通りにならない時間。
パートナーの理不尽な感情に振り回される疲労感。
一人の時間が確保できないストレス。
これらは、決して結婚生活の「失敗」ではない。
「老後に圧倒的な孤独を回避するための、長期保険の月々の支払期間」なのだ。
「理想の家族」という定型的なファンタジーを捨て、老後のためのリスクヘッジ機能としてこのシステムをドライに運用する。
それこそが、現代の結婚システムにおいて最も賢く、そしてリアルな解である。
しかし、これはあくまで「定型発達の社会」を前提とした計算だ。
私たちASD(自閉スペクトラム症)の当事者がこのシステムに組み込まれたとき、事態はさらに複雑で、過酷なものになる。
次回は、この理不尽なシステムが、ASDという異なるOS(脳の仕様)を持つ人間にとって、いかにして「24時間続く異文化の強制収容所(ハードモード)」と化すのか。
その構造的な衝突について解剖していく。
社会というクソゲーを攻略するためのデータを募集しています。あなたが遭遇した「理不尽な状況(バグ)」を教えてください。私が独自のロジックで解析・デバッグし、攻略データとしてブログで還元します。
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