24時間続く異文化収容所〜ASDにとって結婚生活が絶望的なハードモードになる理由〜(第3回) 

24時間続く異文化収容所〜ASDにとって結婚生活が絶望的なハードモードになる理由〜(第3回)

本記事は、ASD当事者である私が不条理な社会というクソゲーを生き抜くために脳内バグをデバッグした結果をまとめたものです。
医学的・専門的なアドバイスではなく、あくまで個人の生存戦略としての記録であることをご了承ください。
――不条理な世界と互換性の無いOSから出力された、論理的且つ実戦的な検証データが、同じ仕様(アーキテクチャ)を持つあなたの脳の静寂をもたらす一助となれば幸いです。

前回まで、現代の結婚というシステムがいかに「コスパの悪い欠陥契約」になり果てているか、そしてそこに唯一残された機能が「老後の孤独の回避」であることを解剖してきた。

ここまでの話は、いわば定型発達(普通の人たち)の社会を前提とした、汎用的な損得勘定だ。

しかし、私たちASD(自閉スペクトラム症)の当事者がこのシステムに組み込まれたとき、事態は単なるコスパの問題を超えて、致命的な「システム障害」を引き起こす。

結論から言えば、ASDにとって定型社会での結婚生活を維持することは、「言葉の通じない異国にパスポートを捨てて移住し、24時間その国のルールを強制される収容所」に等しいハードモードである。

なぜ、そこまで過酷なのか。個人の性格や努力不足といった感情論を排除し、異なるOS(脳の基本ソフト)を持つ者同士の「構造的衝突」として解剖してみよう。

「完璧にタスクをこなしたのに怒られる」というバグ

結婚生活において、ASD当事者が最も頻繁に遭遇し、かつ最も理解に苦しむエラーがある。具体的な例を挙げよう。

ある休日。

パートナーが忙しそうにしていたため、私は事実とロジックに基づき「家事の分担が必要である」と判断した。

そして、溜まっていたゴミをまとめ、風呂掃除をし、洗濯物を完璧に畳むというタスク(業務)を正確に完遂した。

これで家庭というシステムのインフラは維持され、パートナーの負担も減る。
プロジェクトとしては100点の動きだ。

しかし、タスクを終えて自分の作業に戻ると、なぜかパートナーは不機嫌になっている。

「どうしたの?」と聞くと、「なんで私ばっかり大変なの。少しは私の気持ちを分かってよ!」と怒り出す。

ASDの思考回路からすれば、これは完全にバグである。

「事実として、私はゴミ出しと風呂掃除と洗濯を終わらせた。あなたの負担は物理的に減っている。なぜ怒るのか?」と反論したくなる。

しかし、これを言うと火に油を注ぐことになり、最終的に「あなたは本当に冷たい。心が通い合っていない」という、極めて抽象的な罪状で断罪されるのだ。

評価基準の致命的なズレ(責任の履行 vs 情緒的共鳴)

この理不尽なエラーの原因は、お互いの「結婚生活におけるKPI(評価基準)」が根底からズレていることにある。

私のようなASDにとっての誠実さとは、「責任を果たし、タスクを遂行し、逃げずに生活というシステムを回すこと」である。

だからこそ、家事をこなし、生活費を稼ぐという「物理的な貢献」こそが、関係性を維持するための最適解だと計算する。

一方、定型発達の人たちが結婚生活に求めているのは、タスクの完遂ではない。

「情緒的な共感」と「空気感の共有」である。

彼らにとって重要なのは、「ゴミが捨てられた事実」よりも、「大変そうだね、一緒にやろうか」という「お気持ちの同期」なのだ。

結果的に家事が終わっていなくても、「一緒に悩んでくれた」「共感してくれた」という情緒的プロセスがあれば、彼らのシステムは満たされる。

ASDがいくら誠実にタスクという「事実」を積み上げても、定型パートナーは「情緒(お気持ち)」という通貨で支払われない限り、いつまでも「心が通っていない」「私を理解してくれない」と不全感を溜め続ける。

この「通貨の違い」に気づかない限り、双方が「こんなにやっているのに」と疲弊していく無間地獄が続くのだ。

「非言語プロトコル」の常時強制という過負荷

さらにASDを追い詰めるのが、定型社会が標準装備している「非言語プロトコル(通信規約)」の存在である。

彼らの家庭生活は、「言わなくても察する」「場の空気を読んで自発的に動く」「相手の顔色から感情を推測する」という、非言語のやり取りで回っている。

しかし、ASDのOSにはこの機能が実装されていない。

言葉にして明確に定義(コーディング)されなければ、相手の意図を受信できないのだ。

そのため、家庭内でパートナーの「察してほしいオーラ」や「不機嫌なため息」に直面するたび、ASDの脳内では「この抽象的なシグナルは、事実ベースで何を要求しているのか?」という高度な翻訳作業がフル稼働することになる。

これは、全く文法の違う外国語を、脳内で24時間休まず同時翻訳しながら生活しているようなものだ。

どれだけ誠実に振る舞っていても、脳の認知リソース(メモリ)がゴリゴリと削られ、慢性的な疲労が蓄積していく。

ダウンタイム(一人時間の喪失)がもたらす崩壊

このように、異文化のルールに合わせ、翻訳作業でオーバーヒート寸前になったASDの脳にとって、唯一の回復手段が存在する。

それが「完全に一人の空間で、外部刺激を遮断し、自分のこだわりに没頭する時間(ダウンタイム)」である。

これは趣味や娯楽ではない。脳が焼き切れるのを防ぐための、必須のシステムメンテナンスである。

しかし、ここでも定型社会の「理想の家族像」というバグが立ち塞がる。

定型のOSでは、「休日は家族全員で一緒に過ごすのが愛情」「一人になりたがるのは、家族を避けている冷たい行為」と定義されている。

そのため、ASDが必死に脳を休ませようと一人部屋に引きこもったり、自分のルーティンを優先しようとすると、パートナーから「手抜きだ」「不誠実だ」「私より自分の趣味が大事なのか」と誤解され、非難を浴びることになる。

生命維持に必要なメンテナンスを「わがまま」として禁止され、24時間「情緒的共感」と「察するコミュニケーション」を強要される。

これが、ASDにとっての結婚が「収容所」に等しい理由である。

構造上、双方が疲弊し、カサンドラ(パートナーが心身の不調をきたす状態)とASD側のシャットダウンという相互破壊に行き着くのは、もはや必然のロジックなのだ。

では、私たちASDは、この圧倒的に不利で理不尽なシステムにおいて、ただ摩耗し、絶望するしかないのだろうか。

実は、違う。

私が過去、この理不尽な契約にサインをした根底には、自分自身に強く言い聞かせた「ある明確なメリット」が存在していた。 次回は、今回解剖した地獄のようなデメリットを裏返した先にある、「ASDだからこそ享受できる、結婚の理不尽なメリット(強制ギプスとしての機能)」について語りたい。

「夫・妻」や「父親・母親」という不自由な役割で縛り上げられることが、なぜASDにとって社会を生き抜くための「究極のマスキング装置」となり得るのか。

その逆説的な真実を解剖していく。

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社会というクソゲーを攻略するためのデータを募集しています。あなたが遭遇した「理不尽な状況(バグ)」を教えてください。私が独自のロジックで解析・デバッグし、攻略データとしてブログで還元します。

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