本記事は、ASD当事者である私が不条理な社会というクソゲーを生き抜くために脳内バグをデバッグした結果をまとめたものです。
医学的・専門的なアドバイスではなく、あくまで個人の生存戦略としての記録であることをご了承ください。
――不条理な世界と互換性の無いOSから出力された、論理的且つ実戦的な検証データが、同じ仕様(アーキテクチャ)を持つあなたの脳の静寂をもたらす一助となれば幸いです。
「Hentai」という言葉は、今や世界中で通じる共通語になった。
アニメ、漫画、ゲーム、そして実写。
日本が作り出すアダルトコンテンツの多様性と過激さは、間違いなく世界トップクラスだ。
人間のあらゆるフェティシズムを網羅し、時には倫理の壁すら軽々と飛び越えていくその想像力は、他国の追随を許さない。
だが、現実の日本社会はどうだろうか。
世界一過激なエロを消費している国でありながら、現実のカップルや夫婦のセックスレスの割合は世界最高水準だ。
日常会話で性をオープンに語ることは極端にタブー視され、多くの女性は「性に興味がないフリ」をし、男性もまた、パートナーに対して自分の本当の性的嗜好を打ち明けることを恐れている。
「世界一過激なファンタジー」と「世界一シャイな現実」。
この巨大な矛盾を前にして、社会学者や評論家たちはしたり顔でこう解説する。
「日本社会は同調圧力が強くて抑圧的だから、そのストレスを発散するための『安全弁(ガス抜き)』として過激なコンテンツが必要なのだ」と。
だが、定型世界を外側から観察し続けてきたASD(自閉スペクトラム症)の僕から言わせれば、その解釈は根本的に間違っている。彼らは原因と結果を完全に履き違えている。
過激なコンテンツは、抑圧されたストレスの「ガス抜き」なんかではない。
誰もいない一人の空間だからこそ、彼らが偽る必要のない「素の自分」に戻っているだけなのだ。
「調和」という名の、壮大なロールプレイ
第1回で、日本人は絶頂の瞬間に「いく(自分を消し去る)」ことを求めるOS(基本ソフト)に支配されていると書いた。
自分という面倒な「個」の境界線を消し去り、集団の空気に溶け込むこと。
定型発達の人たちは、それを「調和」と呼んで美化している。
だが、冷静に考えてみてほしい。
生まれ持ったバラバラの欲求を持つ人間たちが、常に「同じ空気」に溶け合い続けることなど、本来不可能なのだ。
では、彼らはどうやってその「調和」を維持しているのか?
答えは簡単だ。
全員が、自分の本音(データ)を隠蔽して、「私は周囲と同じです」という仮面を被るロールプレイ(演技)を続けているのである。
人前で「性に興味がないフリ」をするのは、彼らが社会という舞台の上で「調和を重んじる日本人」という役を必死に演じているからだ。
社会の同調圧力に合わせて空気を読んでいる時こそが「偽りの姿」であり、深夜に一人で画面と向き合い、誰の目も気にせずに自分のフェティシズムを満たしている時こそが、彼らの「本来の素顔」なのだ。
パートナーにすら「データ」を隠す狂気
ASDの僕から見ると、定型発達の人たちのこの「隠蔽体質」は、控えめに言って狂気の沙汰に見える。
例えば、カップルのベッドルーム。
お互いの性的嗜好や「こうしてほしい」という本音をオープンに話し合えば、当然セックスの質は上がり、関係性はより良く「最適化」されるはずだ。
論理的に考えれば、データを共有して改善を図るのは当たり前のアプローチである。
だが、彼らはそれをしない。
「こんな性癖を言ったら引かれるかもしれない」
「相手を傷つけるかもしれない」
「今の平穏な関係が崩れるかもしれない」
と恐れ、最も重要なデータをパートナーにすら隠し通す。
彼らにとって、本音をさらけ出して「波風(摩擦)」を立てることは、何よりも避けるべき恐怖なのだ。
だから彼らは、関係性をより良くすること(最適化)を諦め、自分の欲求を押し殺して「セックスレス」という名の現状維持(調和)を選ぶ。
そして、満たされない本当の欲求は、誰にも気を使わなくていい一人の空間(アダルトコンテンツ)でひっそりと消費する。
バグを抱えたまま、舞台は続く
僕たちASDは「空気が読めない」「本音と建前の使い分けができない」と社会から弾かれがちだ。
僕たちは事実や論理をベースに生きているため、この「全員で本音を隠し合うロールプレイ」に参加することができないからだ。
だが、果たしてどちらが本当に「異常」なのだろうか。
より良い関係を築くためのデータ(本音)を隠蔽し、摩擦を恐れて最適化を放棄し、誰もいない部屋でだけこっそりと素顔に戻る。
定型発達の人たちは、このバグだらけのOSを「高度なコミュニケーション能力」だと思い込み、今日もすり減りながら演技を続けている。
では、なぜ彼らはそこまでして「波風を立てること(摩擦)」を恐れるのか?
なぜ、素の自分を隠してまで、この息苦しい「調和」の演劇をやめられないのか?
次回(第3回)は、このクソゲー社会を生み出した歴史的ルーツを解剖する。
彼らが演技をやめられないのは、性格の問題ではない。
それは、日本の風土が生み出した「逆らうと死ぬ」という、数千年前からアップデートされていない呪い(サバイバル戦略)のせいなのだ。
社会というクソゲーを攻略するためのデータを募集しています。あなたが遭遇した「理不尽な状況(バグ)」を教えてください。私が独自のロジックで解析・デバッグし、攻略データとしてブログで還元します。
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